teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]


当時の應援委員とは

 投稿者:大天地メール  投稿日:2007年 7月21日(土)00時14分22秒
   昭和30年代は應援委員(中央執行委員会の推薦を経て生徒会で承認)として活動していたはず。委員長は居らず應援團とは應援委員と在校生が形成する応援時の集団でたまたま應援委員になった者が旗を振るという考えである。ただし校歌から第十応援歌まで休まずに歌いながら旗を振れるぐらいの屈強さが要求される。應援團長という概念は無く委員は皆平等、3人.5人で旗を振る場合の中央がリーダーとなるが、應援歌練習でも野球応援でも大体2回ぐらいで交代、太鼓も含め随時ローテーションしていました。ただし扇子は特別訓練で2名がリード。
 昭和31年は、松田さん・小山さん(送球部)、加藤さん・田端さん・武藤さん(ラグビー部)、加藤さん(柔道部)。32年は北口さん(剣道部・寄宿舎)が居て、とりまとめ役をしていた。そして田村捷利(陸上)・伊藤猛(柔道)・奥村滋夫(サッカー・ラグビー・駅伝・スキー)・谷藤猛(卓球)・星邦彦(サッカー・ラグビー)・佐藤功(柔道)・長澤壽八(柔道)・楢木鉄蔵(柔道・陸上)・村上成雄(庭球)・大立目(剣道)、谷地(スキー)は北口さん・平野さんの指名で32年(2年生)の野球應援から活動していた。3年から細越 俊(陸上)が加入。皆運動部で部の掛け持ちもあり試合の時はお互いに応援し合うので相当に忙しかった。結局なりふり構わず行動していたのでバンカラは日常生活であった。
 
 

第十応援歌

 投稿者:S42・佐藤(泰)  投稿日:2007年 7月19日(木)21時15分14秒
編集済
   第十応援歌=第二凱歌は現場で歌われたのを初めて聞きました。後ほど、在京疾風会
HP(↓)で全国の皆さんにご披露したいと思います。

 歴代の応援団長につきましては、私の前後では応援団長という役職は無く、中天地副
団長が記載されていますのは、生徒会誌「白堊」に応援委員会を代表して論説を載せた
方の名前と思います。

 ちなみにM旗を振る5人の中心に居たということで「団長」とするならば、S40卒
は椎野英世さん、S42卒は佐藤竜右君、(S41卒はOK)です。

 中天地副団長、来年こそ、船山団長ともども、甲子園サ行ぎましょう!

http://www.bekkoame.ne.jp/~yasatou/

 

以前にも指摘ありましたが

 投稿者:S62村田  投稿日:2007年 7月18日(水)07時29分16秒
  以前一度指摘ありましたが、
S62卒の団長は坂下「具視」です。
三度目の間違いなきよう、お願いします。
 

歴代の応援委員・応援団長

 投稿者:外野席応援OB副團長・中天地メール  投稿日:2007年 7月17日(火)22時30分34秒
編集済
  応援団長50年史(調査中です。訂正など教えて下さい)
S32  北口英夫・田村純三・日下純男・鶴田正次・平野光男・熊谷賢剛(S33卒)
S33 田村捷利・伊藤猛・奥村滋夫・谷藤猛・星邦彦・佐藤功・長澤壽八・楢木鉄蔵・村上成雄・大立目一男・細越俊(S34卒)
S34 赤沢正彦・赤川剛・大友敬(S35卒)
S35 遠畑勇夫(S36卒)  S36 高橋雅直(S37卒)
S37 小野貞隆(S38卒)   S38  三田永旬(蝦名)(S39卒)
S39 椎野英世・大石正文(S40卒)
S40 白石源次郎(S41卒)
S41 佐藤竜右・伊藤博正(S42卒)
S42 若松信行(S43卒)
S43 佐々木裕・田上博昭・上沖修三(S44卒)
S44 瀬尾善一(S45卒)  S45 大堀学(S46卒)
S46 木川田徹(佐々木)  S47  瀬川典男(S48卒)
S48 佐々木和延(S49卒) S49 箱崎公弥(S50卒)
S50 谷藤那基(S51卒)  S51 菊池有三(S52卒)
S52 菊池研也(S53卒)
S53 松本正勝・吉田雄樹(S54卒)
S54 佐藤 淳(S55卒)  S55 佐藤宏治(S56卒)
S56 細川秀司(S56卒)  S57 及川光紀(S58卒)
S58 大坪徹磁(S59卒)  S59 阿部浩之(S60卒)
S60 及川 謙(S61卒)  S61 坂下具視(S62卒)
S62 阿部哲也(S63卒)  S63 川村昌弘(H元卒)
H1 大森健一(H2卒)
H2 中屋重明(H3卒)
H3 細矢文仁(H4卒)
H4 関 慶久(H5卒)
H5 藤原 亮(H6卒)
H6 竹内嘉次郎(H7卒)
H7 鵜飼雅之(H8卒)
H8 加藤久二之(H9卒)
H9 藤井良史(H10卒)
H10 遠藤大輔(H11卒)
H11 小野寺正幸(H12卒)
H12 佐々木太一(H13卒)
H13  三上金徳(H14卒)
H14  吉田宗平(H15卒)
H15 小野寺隆文(H16卒)
H16 柳 雅俊(H17卒)
H17  田口雄亮(H18卒)
H18 松本誠宏(H19卒)
H19 小野寺裕(3年生)
 

惜敗

 投稿者:大天地メール  投稿日:2007年 7月17日(火)17時57分40秒
   一点差を詰め切れなかったようだ。又来年に期待しよう。
現役應援委員並びに應援團、外野席応援OBの方々お疲れさまでした。
 

いよいよ夏の甲子園

 投稿者:大天地メール  投稿日:2007年 7月16日(月)00時00分17秒
   わが白堊野球部は、毎年期待され必死に戦い抜いている。應援委員も伝統の
応援を引き継ぎ頑張っている。今年こそ何とか勝ち上がってほしいものだ。
 まずはさい先良く一回戦クリアー、次に期待したい。外野席応援OB副團長・
中天地殿、いつもながらの速報ありがとう。
 

岩手の高校生応援風景を無形文化財・世界遺産に?

 投稿者:外野席応援OB副團長・中天地メール  投稿日:2007年 7月15日(日)10時37分3秒
編集済
  東和 000 00 0
盛岡一418 1X  14

小野寺裕応援団長と深紅のM旗、校歌を斉唱し和太鼓で声援を送る自主参加の一高生、凱歌、第10応援歌を数年ぶりに謳い、船山賢一OB団長(S17卒)他20名の先輩応援団も3年間の青春を想い出していた。
東和も高校生らしくエラーにも12本の長短打にもめげず、3人の投手に1安打に押さえらながらも、元気の良い東和高の全校応援も見事であった。礼儀正しい相手校エール、この瞬間がたまらない魅力、
岩手の応援風景は見事、「生きた化石」と揶揄するよりも、「無形文化財」「人間国宝」「世界遺産に登録」を申請したいと本気で信じている。
 

白堊野球のパスワード について

 投稿者:平舘メール  投稿日:2007年 6月 1日(金)04時19分54秒
  再度パスワードを変更しました。
パスワードを知りたい方は、小生までメールください!

http://www.geocities.jp/taira_d_1048/

 

匿名もいいけど

 投稿者:白堊應援團30 星メール  投稿日:2007年 5月17日(木)15時36分37秒
編集済
   名前を名乗らぬことはかまわないが、白堊関係だったら意味の分かる
投稿をして欲しいもんだ。多分白堊野球ブログのパスワードロックのこ
とを言っているのだろうが、事情を知らない者には全く分からない。
 

(無題)

 投稿者:匿名  投稿日:2007年 5月16日(水)21時20分57秒
  ライバル校に情報タダ漏れだから
パスワードロックしたんじゃなかったのですか?

これじゃ誰でも入れますよ
 

今年の應援委員は?

 投稿者:白堊應援團30 星メール  投稿日:2007年 4月18日(水)19時40分16秒
   最近は應援委員のなり手も少ないようだ。一つには野球部の衰退もあろうが世の中の推移に連れて昔ながらの「バンカラ」へのあこがれも薄れてくるだろう。
 少し寂しい気もするが時代の流れには逆らえない…
 

「全国優勝旗・白河の関を越えた」岩手県立盛岡商業高校を祝す

 投稿者:外野席応援OB副團長・中天地メール  投稿日:2007年 1月 8日(月)18時45分36秒
編集済
  「勝てやいざ勝て盛商の健児さいさい・・・」
国立競技場決勝 逆転シュート・・
永遠のライバル盛商にはサッカー部・野球部・・苦杯を喫した好敵手
大天地氏ら一高蹴球部員OB諸氏の勇姿が今も浮かぶ・・
盛商野球部の全国優勝(昭和27年宮城国体)以来の快挙・・
盛商応援団は見事。 「生涯一高生の会」からもエールを送ります。
 

盛商の応援

 投稿者:白堊應援團30 星メール  投稿日:2007年 1月 8日(月)16時21分18秒
   今日(8日)の全国高校サッカー決勝進出の盛岡商業応援團は監督の体を気遣って(手術後で声が出にくい),あえて声のみの応援を行った。ブラスバンドがあるにもかかわらず選手への指示が通るようにとの配慮なそうだ。この精神こそ「應援團」の神髄でる。
 真のバンカラ応援とは競技する者の身になっていかにサポートするかである。今回の応援を見てつくづく思うものである。結果は優勝。全国約4000校のTOPである。
 さて我らが盛岡一高は…
 

あっぱれライバル

 投稿者:白堊應援團30 星メール  投稿日:2007年 1月 6日(土)21時20分28秒
   取るなら取って見ろ優勝旗,渡しゃせぬ~♪
と,歌ってサッカーをはじめ野球をなどいろいろな種目で我々の前に
立ちはだかった盛岡商業。一時は盛岡高校として同じ学校だったこと
もある名門校だ。今年は伝統あるサッカー部が全国大会決勝進出。明
日の戦いに期待したいものだ。
 

謹賀新年

 投稿者:白堊博物館長 星メール  投稿日:2007年 1月 1日(月)10時00分12秒
   本年もよりしくお願いします。
 ここのところ現役・OBを問わずの投稿が低調ですが,母校があの状態では
応援活動に熱も入らないかもしれないが,運動部もそれなりに成果を上げて
いるようなので,積極的な活動を期待したい。
 

事実ならば当然だが…

 投稿者:白堊應援團30 星メール  投稿日:2006年12月16日(土)00時57分6秒
   教育長も承知のうえというのが事実なら当然だが,憶測では決めつけられない。
 いつから始まったのか(何年前からやっていたか),教育委員会容認なのか,相変わらず事実を隠すのが得意な連中のことだから真実は闇の中。どっちもOBだから始末が悪い。「忠実自彊」の精神はどこに行った?
 来年の在京白堊会にどの面下げて来るんだろう?只じゃすますわけにはいかないだろうなあ!
 我々の頃なら,入学当初のオリエンテーションで3年間の必要単位数,必修科目・選択科目を全て伝えられ進級の時に科目選択で同じクラスになる作戦を立てたりした。したがって未履修科目があれば在校生はたちどころに分かり。一高の沽券に関わるということで,必ず生徒会で議題に出す変わり者(?)が居て学校側と衝突したはずだ(当然ながら授業が減れば単純に喜ん者も居ただろう)。さて現在は,だまされたのか,だまされたフリをしたのか。
 

子供のケンカに

 投稿者:現役生の親  投稿日:2006年12月14日(木)21時21分43秒
  口出しする気はありませんが、親にも関係があるので少しだけ。
辞めなきゃ行けないのは、校長ではなく
県の教育長ではないでしょうか。彼だって数校か高校長を経験しているのだから、
知らないことは絶対にないと思いますが。
すべての責任を、各校の校長に負わせるなんて…。
一番責任逃れに見えますが。
そんな奴らに指導されている今の一高生は
寂しい
 

それじゃ済まんだろう

 投稿者:白堊應援團30 星メール  投稿日:2006年12月10日(日)00時48分8秒
   今更居座るわけにはいかないような気がするがどうだろう。
 昔なら在校生が黙っていない。
 

(無題)

 投稿者:一応一高生  投稿日:2006年12月 9日(土)16時17分26秒
  校長はボーナス減額か・・・  

現役應援團に問う

 投稿者:白堊應援團30 星メール  投稿日:2006年10月29日(日)22時57分44秒
編集済
   昨日の読売新聞には「運動会」のために授業をへらした、とのってました。
だったら、運動会とか応援団とかやめたっていいじゃないですか。

という投稿が掲示板「第一教室」にあったが,本当だろうか。続いて,
でもここにいる皆さんはやめるっていうと反対するでしょ、きっと。
学校側は生徒と保護者とOBのプレッシャーがかかってるんですよね。

とあるが,少なくとも白堊のOBは後輩に無理強いはしない。運動会・応援活動で単位が
取れないとなれば,在校生がやめることを決める決定権がある。現役應援委員・應援団
の意見が聞きたいものだ。
 

レンタル掲示板
/21