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 <思いやりのあるコミュニティ宣言>
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(無題)

 投稿者:H.17高橋  投稿日:2006年 8月 8日(火)22時07分40秒
   久しぶりに書かせていただきます。
 僕らの代の話をします。応援委員になった当初は委員としての「心」の部分が全然なってなく、ただ闇雲に自分達の好きなように応援していました。代の中でも僕は特にその傾向が強く、間違った方向にベクトルが向いていました。
 そんなときに僕らに一高応援のやり方を手取り足取り教えてくれたのが、村田さんや三浦さんなどのOBの方々でした。きめ細かいご指導のおかげで間違った方向に向いていたベクトルも徐々に正しい方向へ向きなおし、最終的にはみんな真の一高応援を追求することができました。
 松本たちは本当に良くやったと思います。たったの4人で最後までやりとげました。ただ一つ残念に思うことは、OBの意見をもっと貪欲に求めてほしかったところです。良い応援をしようと思ったら、良くも悪くも沢山の経験をしてきたOBの意見が自分達にとってプラスになることは凄く当然のことだと思います。それだけが残念に思いました。
 
 

お疲れさま

 投稿者:白堊應援團30 星メール  投稿日:2006年 8月 2日(水)22時05分3秒
   現役の應援委員として願わくば「夏の野球大会」は二度,三度……と勝っていってもらいたい。最後の夏を應援三昧で過ごしたいと思うのは当然。勝つに従って應援委員の意気も高揚し應援團全体も燃え上がる。しかしそれがかなわぬことも多いことは確かである。
 一生に一度の晴れ舞台を目指して日夜努力してきた「應援委員諸君」本当によくやった。諸君が居たからこそ伝統が守り続けられたのだ。お疲れさま,ありがとう。
 今度は諸君も見守る側に回ってともに我らが白堊應援団をバックアップしよう。
 

(無題)

 投稿者:平成十八年度団長 松本誠宏  投稿日:2006年 8月 2日(水)18時45分19秒
  突然の投稿失礼します。八月一日の合宿終了を持って平成十八年度応援委員会の一切の任務を終了し、平成十九年度応援委員会が発足しましたので、報告致します。
この一年間一高生の活動を見守り、応援して頂いた全ての方に、全応援団員を代表して御礼申し上げます。有難うございました。現在もインターハイ、全国大会で一高生が奮闘しています。ぜひ熱いエールを贈ってあげてください。
また、間も無く本格的に活動を開始する十九年度応援委員会、応援団の活躍も暖かく見守って頂ければ幸いです。
終わりに、我々十八年度委員会は全校1000人からの責任を負う者として、インターネット上への書き込みは控えてきましたが、先輩方はじめ多くの方からの御意見や情報は、我々が活動する上でとても参考になりました。管理、運営して下さっている星先輩ありがとうございました。今後の委員、団員達の為にもこのサイトが長く続いていかれることを願っております。
 

應援環境

 投稿者:白堊應援團30 星メール  投稿日:2006年 7月28日(金)23時47分1秒
   全校生徒が応援できない環境にあるとは知らなんだ。多分球場の規模などの関係であろうが,やはり3年~1,2年が入り交じって應援するからこそ学年を越えた連帯感が生まれ,相手に対し大きなインパクトとなる。
 恵まれない状況のなかで,最近はよく頑張っているように感じられる(あくまでも画像を見ての感想)のは,やはりアドバイザーの努力と在校生の受け入れ態勢がよくマッチしているように思う。これからも白堊全体でバックアップし続けることが大切ではないだろうか。
 いつかは野球も強くなり應援にも熱が入ることを願って…
 

野球応援練習

 投稿者:S62村田  投稿日:2006年 7月28日(金)21時14分33秒
  S54卒BABAさんの応援を知らない一高生をよみ
野球応援は確かに仰るとおりと思います。

でもそこで諦めてはいけないのではないでしょうか。
そこで疑似戦、模擬戦をやればやれば良いのではないでしょうか。
①上田界隈にお願いして一高グランドで応援練習してみる。
②三高や市立などの近くて大きいグランドを持つ学校にお願いしてみる。
③夏の応援歌練習の一部は完全実戦形式にする。
④雫石川原あたりのグランドを借りて練習する。

他にも幾つも案はあるでしょう。
ましてや若い人達ならばもっと良い案が出てくると思います。
昔のあの声を枯らしていた応援を取り戻しませんか。
 

部外者ですが・・・

 投稿者:白堊スポーツ・平舘  投稿日:2006年 7月26日(水)18時59分10秒
  OBのキツイ言葉も、現役を擁護する言葉も、それぞれでしょう・・・
が、長年身近で見て来た人間の直言を ”全て否定” と、言って
しまっては 彼(彼等)の立つ瀬がありません。。。
見守ってくれたOBの連中に、ご苦労さん!と、言ってあげたい!!

日常身近で感じているであろう~ S54卒BABAさん のお話が全て
ではないでしょうか

http://www.geocities.jp/taira_d_1048/

 

よく頑張った

 投稿者:上田町内  投稿日:2006年 7月26日(水)16時26分43秒
  M旗暦29年様の投稿文を読ませていただきました。
なにか、胸の痞えがとれたような気がします。
ワタクシが住む上田界隈では、毎朝一高屋上から校歌や応援歌が響きわたっています。
それは、盛岡一高がここに移転した時から変わらず続いてきた朝の一コマであります。
今年の3年生の応援委員もまた雨の日も風の日も、雪の日も1年間歌いつづけ、
伝統を守り通したと思っています。
これは、在校生、OB、関係者すべての人が感謝すべきことではないでしょうか。
そして、ワタクシはその声に励まされるように仕事に向かう毎日です。
しかし今回投稿された文章の中には、彼らの1年間の活動を全て否定するかのような内容があり、
正直腹立たしさも起りました。
「気持ち」が向けられるのは、OB達へじゃなく選手達へです。
星氏がおっしゃられるように選手と応援団の気持がつながっていれば、それでいいのではないか。
たとえOB諸氏が考えておられるスタイルとかけ離れていようが、自分達で決めて行う応援は、
現役の委員会だけが持っている特権であり、結果を不特定多数の人が見る場所に、
叩きつけるような書き方は、一考願いたいもです。
さらに、新応援委員は「本気」だからこそ、立候補したのではないでしょうか。
せめて「がんばれ」というエールを贈れるOBになりたいものです。
M旗暦29年様、ワタクシも言わせていただきます「よく頑張った!」
 

応援を知らない一高生

 投稿者:S54卒BABAメール  投稿日:2006年 7月26日(水)11時15分53秒
   夏の野球応援について様々な見方があるようですが、(はるか)昔の経験から言えることは、(野球)応援の出来不出来は結局のところ(生徒が)どれだけ応援の場数をどれだけ踏んだかによるということだと思います。最初から全校応援が当たり前の時代であれば、1年生は先輩と応援しながら、応援の楽しさやコツを覚えっていったものなのですが、今は球場の規模によって、学年応援だけに制限されることもしばしばです。事実、今の2年生はここまで野球応援の経験が全くありません。(ちなみに彼らは高総体開会式の応援もしていません…)おそらく来年の夏が最初で最後の応援ということになりそうです。こんな状況ですので、昔の応援を知るOB達から見れば今の応援に不満がでるのも無理はないと思います。最初から全校応援させろ!と言いたいところですが…  

>よく頑張った

 投稿者:S62村田  投稿日:2006年 7月26日(水)04時35分11秒
  自分も任期が終わる委員に失礼この上ないと思いつつ、
学年応援は夏の硬野が初めてなので結果、この時期書き込みとなりました。
彼らにいつも言っていた事を改めて書かせていただきました。

今年度は、「気持ちが全く伝わってこない」それが全てでした。
極論すると形なんてどうでもいいんです。応援する気持ちさえ有れば。
それさえ今年は見られなかったので、
任期の最後という最悪の時期に書かざるをえなかった。

自分達は昨秋の硬野の大会にはじまって色々な大会まで足を運びました。
その時々にOBとしてアドバイス出来ることはしてきました。
が、その結果言うことは毎回同じ(修正できてない)だったんです。

今年度の諸君は「自分達の考えで、自分達の応援をする。」
という至極当然の考えのもと行動してきました。
何故当然のことを今更言わなければ成らないかというと、
一度途絶えているからです。気持ちも形も。
そこで三浦氏を筆頭に多くのOBがテコ入れに足を運びました。
それだけ異常な状況が続いていたということを先ずはご理解下さい。

3年、4年と時間を掛けてようやく気持ちが形になってきた所でした。
そこで今年です。
「気持ち」が全く伝わってこないのです。
今年度「自分達の考えで、自分達の応援をする。」
と言う高く掲げた目標は一体どこへ反映されていたのでしょうか。

そして形の方もです。気持ち有れば~
と書きましたが、全校のリードをとるためには、技術が必要です。
あの夏合宿で必死になって教えたことが全く身になっていません。
夏合宿はあくまでも基礎を固めるためのものですよね。
今年度はスキルとしては、現状=夏合宿、なのです。
あえて自分達の考えでそうしているなら仕方有りませんが、
どうやらそうでも無い様子。

色々書きましたが、結局はこれから以降の応援団に
知ってもらいたかったので書きました。
同じてつを踏んで欲しくないので、前回投稿しました。

だからといってこの時期にこの内容は不注意でした。

先ずは先輩諸兄も試合会場に足をお運び下さい。
現役の応援委員の活躍ぶりをご覧下さい。
 

ご意見は様々…

 投稿者:白堊應援團30 星メール  投稿日:2006年 7月26日(水)00時22分13秒
   そのときそのときでベストを尽くしたからこそ伝統を絶やさずに続けてこれたのも確か,
應援委員として認められた以上はベストを尽くすのは当然だ。さらには選手諸君の支持も得なければならない。應援ありがとうという選手の気持ちが伝われば應援委員として至上の幸せである。
 重ねて述べるがそのあたりが最近うまくいっているので應援委員の顔つきが良く見えるのではないだろうか。
 それでも批判的な,または好意的な意見を述べあうのも必要であろう。現役諸君が無視するも良し参考にするも良し,いずれにせよ我らが白堊校の後輩達は,自ら考えたやり方を全うするにちがいない。
 

よく頑張った

 投稿者:M旗暦29年  投稿日:2006年 7月25日(火)23時48分6秒
   応援団OBの皆さんの投稿に、応援団OBの一人としてちょっと一言。
 皆さんの熱い思いから来るご意見ごもっともかもしれませんが、現役応援団の最後の試合、すなわち夏の高校野球の敗戦の時の応援に対しての批判はいかがなものか。自分の現役のときを思い出してください。必死だったじゃないですか。最高の気持ちを持って応援したじゃないですか。それでも、試合は負けたんでしたね。それは、応援団の内容が悪かったからですか。どの代の応援委員会も、みな同じ気持ちですよ。そりゃ、横から見れば、経験した人間から見れば、ああすれば、こうすればとアラは見えるでしょう。でも、現役最後の応援の内容を批判しちゃいけません。だって、もう彼らの代の応援団で応援できないんですよ。「ああすれば、こうすれば」といったところでオヤジの愚痴になってしまいます。何も生まれません。OBとして、経験してきたものとして、最後の敗戦はともに涙して「よく頑張った」と言いましょうや。
 

なるほど…

 投稿者:白堊應援團30 星メール  投稿日:2006年 7月23日(日)00時35分1秒
   野球負けても應援負けるな! とは我々の頃の意気込みであった。また野球以外の公式試合の應援も届け出も何もいらなかったので必ず行った。敵の監督にどやしつけられたこともあるがそれでもやめない。多くの経験を積んで夏の野球應援では敵を圧倒できた。
 今はいちいち届けろだの,授業さぼるなだのうるさいようだから真剣勝負の不足からどうしても劣性の時の気合いが足りないかもしれない。
 30年代は運動部以外は應援員にならなかったから,試合の勝負所やここで一声ほしいなど選手の立場がよく分かった。現在はどうだろう。
 ついでにもう一つ,ホラ貝などブフォーと吹いてる暇があったら。太鼓と蛮声で校歌をがんがん歌って衝撃を与えるほうが効果的と思うが…
 ただし,画像で見る限り近年の應援委員の顔つきは良い…
 

野球応援について

 投稿者:H18鈴木   投稿日:2006年 7月22日(土)03時15分25秒
  平成17年度応援委員の鈴木です。
昨年の我々応援委員会の活動が、果たして応援委員会としての役割を全うすることが
できたかはわかりません。また、1年の任期を終えた現役の活動をとやかく言うのも、
あまり気持ちの良いものではありませんが、今年の野球応援について、私が思ったこ
とを書きたいと思います。

野球の試合自体は、確かに序盤から苦しい展開でした。しかし、その苦しいときにこそ
応援委員が選手に声をかけてやり、劣勢だからこそ、必死になって応援をするものだと
思います。今年の応援には、それが欠けていたのではないでしょうか。一高の応援は、
劣勢の時こそ、その力を発揮するものではないでしょうか。
今年の野球応援で1番残念だったのは、声や迫力以前に気持ちで負けていたことです。
応援する側がすでに気持ちで負けていたら、選手が勝てるはずありません。現役には
技術の前に、応援に対する心構えをしっかりと持っていて欲しかったです。

ところで話は変わりますが、新しい応援委員は5名のようです。この5名がどこまで
本気かはわかりませんが、肩書きだけの委員にはなってもらいたくないです。
 

一高生よ一高生たれ。

 投稿者:S62村田  投稿日:2006年 7月22日(土)00時00分57秒
  今年の野球応援について
思いの丈を述べるには自分の中であまりに整理が出来ませんが。。。
個人的に感じたことを書かせていただきます。
異論・反論も甘受いたします。

今年の一高応援団とは一体何だったのでしょうか。
先輩諸兄の仰るとおり、8回の攻撃時は盛り上がりはありました。
しかしそれ以外の時は何をしていましたか?

攻撃の時には念仏を唱えるような声で覇気も無く、
守備のさいには度重なるピンチに息を飲み込むだけで。

それに比べて大高の、のびのびとした応援。
バックスクリーン横で聞き比べてみましたが、
大高の方が3倍は声が出ていました。ショックでした。

枯れても声を出し続けましたか。
ぶっ倒れるくらいまで応援しましたか。
怒りで泣けるくらい気持ちを込めましたか。

何もできないでいる応援団をみて
歯軋りするしかない多数のOBの声が聞こえませんでしたか。
外野応援団は自分達で応援できるからまだ良いが、
内野応援席に集まって下さった沢山のOBの声が。

とはいえ強制は出来ません。
主たる応援は、現役諸君に与えられた特権です。
それをどう使おうが、現役の自由です。
こんな鬱な話題はよそうぜ、と言われればそこまでです。

応援委員会についても述べておきたい。
あまりのその拙さは委員OB以外の方が見ても一目瞭然でした。
声、太鼓、旗、リーダーシップ。
たった四人で運営できると断じ、また自由にやりたい(これは当然)と
言って過ごした一年間はどうでしたか。
答えは聞きたくありません。

うまい言葉で説明できず、申し訳ありません。

一高生よ一高生たれ。
 

往年の應援を思わせる!!

 投稿者:白堊應援團30 星メール  投稿日:2006年 7月21日(金)19時27分14秒
   装飾一代男氏の取材は臨場感あふれ,いつ意見しても素晴らしい。今年はさらに應援委員と在校生の密着度の良さや一体感が感じられ素晴らしい應援になった。これも應援委員会アドバイザー三浦氏並びに協力するOB達の地道な努力が実り,伝統の継承がうまくいっている証左に他ならない。適切なアドバイスを在校生も心から受け入れているのであろう。
 さらに忘れてならないのは装飾一代男(佐藤氏)の運動会アドバイスをはじめ應援委員や在校生達の詳細な取材画像が,そのテーマや構図の良さと相まって後輩達の励みになっていることである。現役の諸君は頻繁に投稿こそしてはこないが一連の画像を閲覧しているのは間違いない。そして次の活動の糧としているであろう。
 我らが白堊校は,OB達のたゆまざる愛校心によって支えられている。遠くにあってほとんど協力できない身として身を縮めるようにして拝見する次第である。
 それにしても,應援委員の顔はいいですなー  声もいいですなー
 佐藤(泰) 氏の録音もすばらしい。その場に居るようです。
 中天地氏はじめ外野應援團も高野連のジサマに負けるな!!
 

8回追い上げ時の歓喜と喧噪

 投稿者:佐藤(泰)メール  投稿日:2006年 7月21日(金)06時28分45秒
  装飾一代男さん、写真アップごくろう様です。いつも楽しみにしております。

音響効果でバッックアップします。8回のOB応援席での応援です。

http://www.bekkoame.ne.jp/~yasatou/nekkyuufu/060715ippatsu.WAV

 

(無題)

 投稿者:装飾一代男(H3卒佐藤)メール  投稿日:2006年 7月20日(木)21時39分34秒
  恒例により応援風景をとりまとめてアップしました。
8回追い上げ時の歓喜と喧噪が少しでも伝わればと思います。

http://ashikari.at.infoseek.co.jp/index.html

 

野球応援についての寸評雑感

 投稿者:装飾一代男(H3卒佐藤)  投稿日:2006年 7月16日(日)01時27分25秒
編集済
  昨年は個々の応援委員の資質の高さに驚いたものですが
今年は応援団長の松本君を中心として、非応援委員の生徒を含め
金ヶ崎球場に集った「盛岡一高応援団」全体がまとまりのある、
楽しげな応援が繰り広げられたと感じました。

試合展開上、重苦しい時間も長かったですが
校歌エール一発コイやバットエール第七応援歌と
しらけたりだらけたりしている者はほとんど見あたらず(私の目には)、
笑顔の中に一糸乱れぬ応援振りだったと思います。

ただ、勝ちに乗じた大船渡側のノリノリ応援に萎縮せず、
もっと蛮声を張り上げて選手達を奮起させて欲しかったなとは思います。

このような違いはそれぞれの代の個性であり、
リーダー達の資質・人柄によるものなのでしょう。
まだピンとこないと思いますし、一試合でも勝ち進めばもっと良い思い出になったでしょうが
リーダーを中心として作り上げたこのまとまりの良さを『財産』として、
迫り来る受験をはじめ、今後の人生の糧にしてもらえればと思います。

応援委員の皆さん1年間の任期お疲れ様でした。
そして伝統の継承、よろしくお願いします。

http://ashikari.at.infoseek.co.jp/index.html

 

生涯一高生の夢は不滅です。また来年

 投稿者:外野席応援OB副團長・中天地メール  投稿日:2006年 7月15日(土)22時31分29秒
編集済
  盛岡一 010 000 03   4
大船渡 140 101 04  11

雨天のため本日7月15日(土)に順延、さらに開始時間が遅れて(前沢高対種市高 4:5で14回サヨナラ)、
結局第3試合は途中からナイター 曇天を衝く熱戦・打撃戦となり
好ゲームであったが、強豪チームのホームラン・長打の差で8回コールド初戦敗退となった。
苦戦にもめげず在校生は3年生 松本誠宏 応援団長・応援委員のM旗の指揮のもと、和太鼓で校歌・応援歌の斉唱、手拍子の応援風景は、125年の伝統を引き継いで見事であった。
その風景はかってのあの日に懸けた卒業生OBの蛮声とは不思議な調和を醸していた。
80歳の健康長寿ドクター・船山賢一団長(昭和17卒)を中心とした十数名を超えるOB連は、今日も「外野席応援が派手すぎる」と言われて、高野連事務局と対立、レッドカード退場になってしまった。
深紅のM旗と先輩の蛮声が主審の審判に妨げになると言う理由。

それでもOB「生涯一高生」の青春は不滅、未来への希望と夢を持ち続ける。
甲子園での旗振り大応援団を・・・
大天地氏はすでに旗振り50年を突破されましたか? 中天地(昭34卒)も外野席で「旗振り50年」を目指したい。

来季の新人戦・選抜に向けて生涯一高生の応援、いつもの定位置バックスクリーン脇の外野席芝で再会を楽しみに・・・
 

應援も取材も大変そう

 投稿者:白堊應援團30 星メール  投稿日:2006年 7月10日(月)01時39分49秒
   仕事しながらの應援は雨が大敵,貴重な休暇が無駄になる。毎年装飾一代男氏の應援(取材)楽しみではありますが。何とか順延にならないよう願っています。
 今年も少なからず期待が持てそうなだけに,すんなりと勝ち進んでもらいたい。
 

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