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応援50年第7報(挫折と伝統の再興)

 投稿者:外野席応援OB副團長・中天地メール  投稿日:2009年 8月 2日(日)00時13分0秒
  通報 編集済
  昭和26年奥羽大会決勝24回青森高に1:0で甲子園三年連続出場を逃した時の藤沢栄投手は1年生、期待されたが27年には極端な部員不足、梅雨の長雨でグランド練習不可能で緒戦敗退が続き、部費不足により廃部の危機かと生徒会の話題になった。
伝統を絶やさずと先輩達が結束し、千田玄部長先生、瀬川正三郎サンコ先生同窓会長の激励もあり再出発、28年には藤沢投手(三年)の好投で岩手県大会2年ぶりに優勝したが、奥羽大会準決勝で宿敵秋田高に敗れる。そして昭和20年代の黄金期前夜から、S30女鹿恵教投手が1年エースとして登場しS31-32の第一期黄金時代に開花結晶するのである。
創生期以来幾度の一高激動期を支えたのは現役生達をバックアップした、教師部長・強力な先輩コーチ(森雄一26盛高OB="第3期黄金期S53の監督"、関行雄S12・榊貞助S23盛中OB="第2期黄金期S43の監督"をはじめ盛中・盛高OB連は、当時毎日のようにコーチ役を務めたという・・)の応援・援助の賜でもあろう。新制高校としての校風・校歌・応援歌について生徒会で討議した時代でもあったという。
 
 
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