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金日成は、最初は、金一成だった

 投稿者:パラノイヤ  投稿日:2009年10月20日(火)12時06分56秒
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  おはようございます。
下記の書き込みでリンク紹介した、曲は、北朝鮮でも、ポピュラー音楽を作り、演奏している普天保電子楽団です。
普天保電子楽団は、芸術好きの金正日(彼の音楽センス、抜群だ、独裁者の息子に、生まれたのが、ある意味、悲劇である)の指示により、金聖柱末期の90年代に創設されたといわれています。
金聖柱時代には、中国の文革当時の音楽を基本に、北朝鮮の音楽は、万寿台芸術団や血の海歌劇団が担っていました。
パンチャンと呼ばれる合奏が中心でした。
80年代の中頃から、北朝鮮の日本向け放送を聞いていた私は、非常に中国的な音楽だった印象が深いです。
ところで、本題に入って、欺瞞の日韓併合が強行されると、韓国軍は、強制的に解散されましたが、一部は、義兵と呼ばれるパルチザン活動を朝鮮半島や中国東北部の満州ではじめました。
伊藤博文暗殺の安重根氏も、その一人といえるでしょう。
その中で、金一成と名のって日帝相手に戦いはじめたのが、最初の金一成でした。
金一成は、実際に白頭山を拠点として戦いました。
日本の警察にも捕まりましたが、警察署の便所から脱走したこともあります。
まさに、神出鬼没でした。
ある時点で、行方不明になり、没年は不明です。
そして、その人の影響をうけて、こんどは、金日成と名のって日本と戦ったのが、元日本陸軍士官学校出身の将校でした。
この将校は、故郷に帰る休暇を利用して、満州に逃亡して、朝鮮独立軍をたてて、ロシア革命当時の赤軍と同盟してシベリア出兵してきた日本陸軍と戦いました。
この人も、ソ連に裏切られ、共産主義者になることを拒否してから、軍人をやめて、没年不明となりました。
そのあと、満州では民族派の朝鮮革命軍が、結成されますが、日本軍に徹底的に掃討されて、消滅しています。
満州事変がおこると、中国共産党満州省委員会は、中国人と朝鮮人の混成部隊の東北抗日連軍を結成しました。
東北抗日連軍には、モスクワの共産赤軍大学で、教育うけた抗日戦士が派遣されてきました。
それが、金聖柱の上官になる、金成柱なのです。
金成柱は、朴達、李ジェスンなどと、普天保戦闘を起こしますが、関東軍に射殺されています。
関東軍は、金成柱の首実験もやっています。
満州事変の前年頃、金聖柱は、満州の撫松の中学を中退して、元朝鮮革命軍将軍の李鐘絡の部下をやっていました。
李は、吉黒農民同盟という左翼分派組織をつくり、そこで、住民から税金をとりたてていました。
金聖柱は、そこで部下として税金をとりたてていましたが、あるとき、李鐘絡が日本の警察に捕まり、その後、強盗をやっていたときに、朝鮮革命軍の討伐隊員を皆殺しにしていますが、投降して、朝鮮革命軍に半年加入していましたが、逃亡して、東北抗日連軍に加入しました。
そこでの東北抗日連軍での上司が金成柱です。
金成柱が射殺される10年前に、満州に間島地方(今の中国の延吉朝鮮族自治区)というところがあるのですが、そこに、金一星という中学生がいました。
その中学生は、有名な間島暴動の首謀者で、警察に連行される途中で逃亡して、ソ連に逃げ、共産赤軍大学で、軍人教育をうけ、その金成柱の後任として、東北抗日連軍に派遣されてきます。
かれも、関東軍と戦いましたが、破れ、ソ連に部隊ともども、亡命しました。
その中に、金聖柱、金正淑、金聖愛(金聖柱の後妻)もいました。
そして、上記の三人には、工作員教育が行われました。
そして、金一星は、日本の敗戦を待たず、ソ連で病死したと考えられています。
日本が敗戦すると、ソ連スターリン政府は、その政府首班として、金成柱に、朝鮮語は、同じ発音のキム・ソンジュになる、金聖柱を北朝鮮臨時人民政府の首相として、1945年10月に、幻の金日成将軍凱旋大会まで、開いて北朝鮮人民の前に、披露しました。
つまり、金聖柱は、金日成のフリを一生して終えたということです。
そのためには、自身を金日成として洗脳し、人民に強要する金日成=朝鮮共産主義の神としての個人崇拝化は、戦歴もない、元ヒラの東北抗日連軍隊員という事実を隠すために必要だったということです。
ではまた。
 
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