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おはようございます。
これから、ホームページビルダー習いに、パソコン教室に行くところです。
習得できるか、正直不安です。
そして、再就職に繋がるか、まだ、未知数です。
ところで、書き忘れていましたが、二・三日前でしたが、クソ坊主〔天台宗の酒井某〕の話まで、もちだして私が書いた、朝鮮半島の臨津江で起きたダム放流が原因の洪水事件で、北朝鮮が公式謝罪したそうです。
遅いといえば、遅いです。
過去の彼らの行動パターンから察するに、遅く謝罪する行為は、金正日の父親の金聖柱の時代に、まで遡ることができます。
例として、1968年に韓国の大統領府を北側からの武装ゲリラが攻撃した事件〔一部の過激分子が起こした〕。
そして、かつて、この掲示板に書いた板門店ポプラ伐採北朝鮮側銃撃事件。
いずれも、当時の金聖柱によって、謝罪・遺憾声明が出されて、一応決着しています。
過激な行動に出たかと思うと、突然、しおらしく、謝罪するという行動パターンは、北朝鮮の非常に特徴的行動であるといえるでしょう。
金聖柱は、青年時代に、旧満州で、中途半端に、この朝鮮革命軍の一将軍だった、李鐘洛という人の下で、分派左翼組織で、住民から、ヤクザまがいの行為をやっていたあげく、李鐘洛が日本の特高警察に捕まると、集めた金で、仲間を集めて、拳銃を買い、中国人家庭を標的に、強盗行為をやっていて、それを討伐に派遣された民族派パルチザンの朝鮮革命軍の兵士たちを皆殺しにしたのですが、数日後には、私がやりましたと投降しましたが、朝鮮革命軍に入れてくれ、その上で中隊長にしてくれと言って懇願までして、半年ほど、その朝鮮革命軍に加入していたのですが、ある日突然、逃亡して、一時、行方不明になりました。
その後には、弟の金英柱共に、東北抗日連軍にヒラの兵士として加入していることが、金英柱が、日本の特高警察に逮捕されて、その事実が当時、すでに判明しているのです。
今回の行動も、なんか、それを彷彿させるような気が私はします。
また、金聖柱の回顧録「世紀のともに」は、東北抗日連軍のヒラ隊員としての経験を使いながら、幻の金日成将軍英雄伝記に、すりかえており、ところどころは、本当なのですが、その中に、ウソの話をもぐりこませて、巧妙にできています。
おそらく、戦後の日本人で、朝鮮半島〔戦前の人でも、意外と知らない人が多いです。また、旧社会党の政治家なんかは、ほとんど、騙されていた被害者といえるでしょう〕のことを知らない人は、騙されるでしょう。
まあ、洗脳〔音楽・教育・映像〕に掛けては、天下一品ですから、金一族と北朝鮮政府は。
ではまた。
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